ヨーテボリに着いたその翌日、私は朝早く起きて、真っ暗な中、Nさんに連れられて先生の亡骸にお別れに行きました。お葬式まで安置所に保管されている亡骸に、予約すると面会出来ると聞いて、Nさんにお願いしたのです。

国立病院の広い敷地の一角にその建物はありました。呼び鈴を押してNさんが係の方に面会を告げ、ドアが開くまで暫く時間がありました。案内された部屋には、白い布に包まれてストレッチャーに横たわった先生の亡骸がありました。

その小部屋には椅子が4つ、壁にはイコンが掛けてあり、その前に大きなローソクが2本灯っていました。お別れの時間は1時間、私は持って来たお守りを先生の胸に置いて、先生への感謝と次の世界への素晴らしい旅立ちを祈りました。 先生と、Nさんと、私だけ・・・ 3人が静かに一緒に深い呼吸をしているような幸せなお別れでした。

その後、安置所から遠くない先生の終の棲家を尋ねました。

トラムの向こうに見える赤いレンガの建物がそれです。

この建物は老人ホームとして1800年代に建てられたものだそうで、その後この周りに新しい建物が建設され、現在も歴史あるホームとして知られている、と、Nさんは話されました。

入り口を入ると壁に写真がありました。

1800年代のホームの建設に関わった方々

現代のリノベーションや建て増しに関わった方々

古い建物を抜けると中庭があり、その向こうに新しい建物が見えます。

今は冬で寒々とした景色ですが・・・

冬が終わると・・・ ホームのリーフレットのこの写真のような、緑あふれる庭になります。植物の手入れはガーデニング専門の方がしているとの事。先生は植物が大好きだったので、この庭のある人気のホームの空きを待って、入居されたのだそうです。

この日は閉まっていましたが、お茶を楽しんだりも出来るガラスの東屋。

でも一人で庭に行けなくなった人は・・・ 連れ出してくれる家族や友人がいる人ば別ですが・・・ 素敵な庭が目の前にあっても、スタッフの手が足りなくて、なかなか庭に出られないのだそうです。

植物に囲まれて、降り注ぐ太陽の下、楽し気な会食・・・

先生はこのリーフレットの写真に魅せられたのかもしれません。

庭を抜けた新しい建物の4階に先生の部屋がありました。

亡くなってから1か月間は部屋をキープ出来るので、未だそのままでした。

入居時、先生は延命治療をしないと契約したので、食べ物と水が喉を通らなくなって数日で、この部屋で先生は他界されました。