クリスマスの日、Mさんと私はチェンバロのリサイタルに行くために、大磯に向かっていました。

場所はMさんのウォーキングのお仲間の一人、N氏がご自宅の一角に作られた「無罣庵」。

暗い道を地図を頼りに歩いて駅から数分、入口にリサイタルのリーフレットが貼ってあったので、すぐ分りました。 そっとドアを開けると・・・

凄い存在感のチェンバロが目に飛び込んで来ました。仙人のような何歳か分らないような長老が燦然と輝いてそこにいるような感じでした。

その迫力に圧倒されて、私は挨拶も受け付けも気もそぞろの状態で済ませ、席に着き・・・

落ち着いて会場を見渡しました。会場は20~30人で一杯になる広さ、壁はN氏の蔵書で埋まっており、チェンバロを置いたので隅に追いやられたグランドピアノがありました。2階に通じる階段が正面奥に、左手には飲み物をサービスするカウンターもあります。

席であらためてチェンバロを眺めているうちに、どうしても写真を撮りたくなり、N氏に尋ねると「触らないならOKです」とのお返事、それで恐る恐る写真を撮らさせて頂きました。

リーフレットによると、1770年にリヨンで制作されたクリチャン・クロールのレプリカで、オリヴィエ・ファディーニにより近年パリで作られたとの事。

鍵盤が2段になっています。

その晩演奏される J.S.バッハのゴルトベルグ変奏曲は、バッハ自身による表題は「2段鍵盤付きクラヴィチェンバロのためのアリアと種々の変奏」なので、正にこのチェンバロのための曲なのです。

弦の下には植物や虫の絵が、サイドの水にまつわる絵は浮き立つようです。

こんなところにまで装飾が描かれています。

ふたの裏の絵は船出、当時港は夢いっぱいの新世界へ繋がる場所だったのかもしれません。

開始前にこのリサイタルの企画や、このチェンバロの調律もなさっている、アルト・ノイ・アーティストサービスの狩野真さんから、このチェンバロにまつわる感動のお話がありました。

このレプリカは1770年制作のオリジナルの修復と同時進行で制作されたので、完成まで6年かかった。オリジナルは二百数十年経ているので、新しい木材で修復は出来ず古材を使う。古材は、ヨーロッパのお城の修復時に出る天井材や床材で、樹齢1000年くらいの木材である。樹齢プラス木材としての年齢を合わせて千何百歳という古い木を使って、クリスチャン・クロールの修復とこのレプリカの制作が行われた。

このレプリカと演奏者の大木和音さんの出会いのお話もありました。

大木和音さんを支援している一人の方が、大木和音さんのために最高の楽器を選んでくれと、狩野真さんに頼まれた事。狩野さんはそれを探し、制作途中のクリスチャン・クロールのレプリカを探し当てました。大木さんを支援していたその方は、その後お亡くなりになり、その方の意志を継いで、出来上がったチェンバロは、大木さんに納品されたのだそうです。

「天使が奥の階段から降りて来ます」とN氏に紹介され、チェンバロに向かった大木和音さん☆

大木和音さんがチェンバロに触れて、最初の音が響きました☆

豊かで清らかなその音色は、今まで聴いたチェンバロの音と全然違います。

休みなしで1時間以上もかかるゴルトベルグ変奏曲、それを素晴らしい集中力で演奏なさった大木和音さん。凄い天使、それも剣を持ったミカエルみたいな、意志を貫いて新しい天地を切り開いて行く、そんな天使に思えました。

Mさんも元気になって、一緒に出かけられたクリスマスのリサイタル☆ 感動と感謝の夜でした。